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名古屋市民おんたけ休暇村

2009年08月25日

自主行事おんたけ子ども村の様子

2009.08.25
 小学生4年生の夏休み、地域の子ども会のキャンプに参加しました。
 子ども心に楽しみしていた2泊3日のキャンプ生活は、ほとんどが豪雨と大雨で、(私の記憶では台風の景況だったと思います。)テント生活は中止、急遽、管理棟にあるメインホールに避難し、百数十人のキャンパーは、宿泊や食事も含め、キャンプ生活の半分以上をそのホールで過ごすこととなったのが、私と「名古屋市おんたけ市民休暇村(キャンプ場)」との最初の出会いです。

 


メインホールでのおんたけ子ど村の入村式。当時、大雨のため、ここで寝泊りをしたのが「おんたけ休暇村」との出会いでした。

 雨の中でのホール暮らしは、子どもには退屈を強いるものだと思いますが、そんな最悪のコンディションの中でも、私には、その体験が今でも鮮明な記憶として残るほどの良い想い出になっています。

 その良き想い出をつくってくれたのは、当時の御岳のキャンプカウンセラーたちで、彼らは、私たちの健康状態や安全に気を配りながら、悪天候を忘れさせるほど様々な演出を駆使して、雨の中でもキャンプの楽しさがあることを教えてくれ、御岳山の標高1450mという大自然の中、必要最小限の施設で知恵を使いながら彼らと過ごす日々は、少年時代の私には、刺激と興奮の連続でした。

 しかし、楽しいことばかりではなく、ある時は、涙が出るほど、しかっりと、ど叱られ、そうした苦い出来事までをひっくるめて、彼らとの生活は良い想い出となり、その後、毎年「おんたけ休暇村」でのキャンプに参加するようになった私は、瑞穂ボランティアサークルと出会い、ボランティア活動に情熱を傾注し、そうした体験が礎となって、福祉施策や青少年育成施策の充実を求めて政治を志しました。


キャンプ場の案内版

キャンプ場テントゾーン


ファミリーキャビン

 「おんたけ休暇村」は、昭和48年にセントラルロッジとキャンプ場からなる名古屋市民のレクリエーション施設として開村し、昭和54年には、突然の御岳山噴火などの試練も乗り越え、利用者数は増加していきましたが、平成4年をピークに利用者数が減少し始め、近年では存廃議論の渦中にあり、河村市長の民間への売却を示唆する発言などもあり、関係者たちには廃止への危機感が漂っています。
 しかし、御岳山の標高1450mに位置し680,000㎡の大自然を有する「おんたけ休暇村」は、民間売却などで一度手放せば、今後、再び取得することは困難でしょうし、市議会には党派を超えた存続期待派も多く、私もその一人です。


セントラルロッジと御岳山

 市では、「おんたけ休暇村」を所管する市民経済局や指定管理者である(財)名古屋市民休暇村管理公社が、利用率向上のためのあらたな施設整備やリ二ューアル改修を行い、御岳の魅力をアピールするために様々な自然体験型のイベントを企画するなどの経営努力を続けています。

 私は、「おんたけ休暇村」の再生には、単に市民のレジャー施設としての位置づけだけではなく、「名古屋市民休暇村」という名称の検討も含め、市民の公共財産として、大自然の環境を活かした施策を市各局が縦割りの垣根を越えて総合的に検討できないものかと考えています。

名古屋市民おんたけ休暇村HP

※それぞれの画像は、クリックすると拡大します。