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開府400年記念…市民1000人参加「清須越夢歩き」

2010年10月16日

2010.10.16 Part3
 名古屋開封の歴史は、1610年(慶長15年)に名古屋城築城に併せて、清洲城から尾張徳川家の本拠遷城が行われ、町の中心機能が現在の名古屋市に移されたことに起源しています。
 2010年の本年、名古屋開封400年を迎えた名古屋市では、名古屋城と名古屋三英傑の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を始めとする名古屋ゆかりの武将たちを中心に「名古屋おもてなし武将隊」が結成され、名古屋の歴史・文化のPRを国内外に発信し、年間を通じた開封400年記念事業、関連事業が数多く開催されています。

 今日は、その名古屋開封400年記念事業のひとつの「清須越夢歩き」に市議会総務環境委員長として市議会を代表して参加させて頂きました。

 清須越は、その名の通り、清洲城から名古屋城への遷城の際に藩主を始め尾張藩が一斉転居した様子を表現したものですが、今回の「清須越夢歩き」は、当時の「清須越」を再現するイベントで、先ず清洲城から当時の衣装に扮して出発した先陣隊50名が西区枇杷島公園で1000名一般参加の市民のみなさんと合流し、名古屋城入城までの美濃路の道のりをはち丸、おもてなし武将隊とともに歩きながら、400前の清須越を体験する市民参加のウォークイベントとなっています。


武将隊織田信長の発声で、夢歩き隊イベントが始まりました。

西区枇杷島公園に集まった約1000人の市民参加で始まった「清須越夢歩き」


信長隊の夢歩き隊の行列、秀吉隊、家康隊と行列はまだまだ続いています。

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 西区枇杷島公園からの夢歩き隊は、約1000人の参加者を信長隊、秀吉隊、家康隊の3隊に編成して、名古屋開封400年記念事業実行委員会ゼネラルプロデューサーの荒俣 宏さん、尾張徳川家第22代当主で徳川美術館館長の徳川義崇さん、名古屋市副市長の山田、住田、大西副市長と私も各隊に別れて参加し、私は山田副市長と信長隊に入り、はち丸と武将隊織田信長、前田利家とともに1000人夢歩きの先陣を務めさせて頂きました。 

 午後4時から枇杷島公園で行われた出陣式では、河村市長も出席して、参加者への挨拶が行なわれ、河村市長に続いて、市議会代表の挨拶をした私は、河村市長が挨拶の中で話した「いろいろ調べたが、400年前の清須越の庶民の記録が無かった。」との言葉を借りて、「市長の話では、400年前の大衆の記録は無かったとのことでしたが、今回の夢歩きのみなさんの記録は100年後まで、しっかりと残ると思います。」と参加者のみなさんを激励しました。

 その後、中小田井火消し太鼓保存会のみなさんと名古屋おもてなし武将隊の演舞による出陣パフォーマンスの後、武将隊織田信長の出陣宣言で、約1000人の夢歩き隊の出発が告げられました。



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 いよいよ名古屋城に向けて出発した夢歩きの美濃路道中では、沿道地域のみなさんが「盛り上げ隊」を組織して、商店街での出店や大正琴の演奏などで、夢歩きのイベントを盛り上げて頂きました。
 また、途中からは西区津嶋神社の石取山車3輌が信長・秀吉・家康各隊のしんがりとして合流し、各隊では、太鼓拍子や大正琴演奏などと併せて武将隊の法螺の音の演出によって、景気が付けられ、沿道のみなさんからの激励、声援を受けながら、地域と参加者が一体となった100年に一度の祭典が展開されました。

 約2.5Kmを約2時間かけて歩いた夢歩きのゴールの名古屋城では、武将隊織田信長の「開門!!」の宣言で、武将隊の法螺が鳴らされ、名古屋城西の丸に通じる正門が開門すると、城内西の丸には、緑区の有松、鳴海の山車揃えが入城を果たした夢歩き信長隊の私たちを迎えてくれました。


西区枇杷島公園から約2時間後に入場した名古屋城内では、緑区有松と鳴海緑区の山車揃えが迎えてくれました。

100年後まで、夢歩きを語り継ごうと最後の挨拶。


最後に武将隊織田信長の勝どきで夢歩きは終了しました。

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 名古屋城に到着後に行われた終了式典で「清須越夢歩き」の感想を求められた私は、「名古屋城までの道のりでは、地域のみなさんの様々な盛上げも頂いて、大きな感動を頂きました。」「100年に一度のイベントにみなさんと一緒に参加できて、本当に良かった。」「次の清須越は100年後で、私たちは参加出来ないが、今度は私たちの孫、曾孫たちが参加できるようこの感動を語り継ぎたい。」と参加者のみなさんに挨拶をさせて頂きましたが、私の挨拶を聞いた武将隊織田信長殿からは「今の挨拶はええのぉ、孫曾孫までの話は、わしも今度、使わせてもらおう。」と耳元で"お褒め"も頂きました。(*^_^*)………(親方様、どうぞ天下統一のためにお使い下さい。(^-^)v)

 また、夢歩きが終わった後、今回の夢歩きのイベントに私と同様に感動した様子の山田副市長との着替えながらの雑談では……
「みなさんも喜んでくれたようで、今回の夢歩きは良かった。10年に一回くらいならできそう。(^-^)」と山田副市長……「それはいーねー……あっ、でもさっき、次の開催の100年後だから、孫曾孫にまで語り継ぎましょうと言っちゃった。(^^;)」と私。

 果たして、「清須越夢歩き」が10年後に再び実現されるのか!?…いずれにせよ、名古屋開封400年記念事業として企画された「清須越夢歩き」は、当初の想定以上の成果を上げていることは間違いないようです。

※それぞれの写真はクリックすると拡大します。