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出直し市議選から1週間

2011年03月19日

市議会解散を受け、先ず、議員を志した原点に立ち返っての思いを説明して廻りました。

2011.03.19
 出直し市会議員選挙から1週間が過ぎました。
 2月6日の市議会解散リコール成立に伴う出直し市議選は、政令指定都市で初の出来事でしたが、私にとっても、今までとは違う様々な出来事を経験させて頂いた選挙でした。

 住民投票によって、"市議会解散"という市民からの厳しい判断が下された出直し市議選は、市民のための議会のあり方が問われた選挙でもあり、自らの議員としての活動を振り返るところからのスタートでした。
 周囲の方々の意見を聞き、話し合い、私は、今までの市議会役職や党役職を使うのを止め、中学生時代からのボランティア活動の経験を市政に活かしたいと初めて市会議員に立候補した当時の思いをあらためてみなさんに説明して廻りました。


公務の合間をぬって、応援に駆け付けて頂いた大阪市議会木下吉伸議員…ありがとうございました。

 また、市議会解散リコール成立で勢いに乗った河村市長の減税日本は、市議会での過半数議席獲得を狙って、各区に複数の公認候補を擁立し、「議会総入替え。」「現職(前職)に投票しないで。」のスローガンを繰り返す選挙を展開し、こうした名古屋の出直し市議選は、全国からの注目を集めました。
 そうした中、私の選挙には、他都市の市会議員が急遽応援に駆けつけて頂き、私にとっては、自民党国会議員からの応援や激文を頂いたことはあっても、他都市の地方議員が応援や激励に駆けつけて頂いたことは、今までに無い出来事でした。

 応援に駆けつけ頂いたのは、自民党指定都市市会議員の青年議員グループ「アーバンユースネットワーク15」でともに勉強会を重ねてきた先輩議員の大阪市議会木下吉伸議員で、木下議員は、2日間に渡り私の演説会の応援弁士として登壇頂きました。
 他候補や他党の批判をすること無く、地方議会の在り方、地方議員と地域の繋がり重要さなど、地方議員から見た地方政治の重要性を各会場で説明した木下議員の演説を聞かれた方々は、地方議員は市民生活や地域に密着したのもであることを再認識して頂けたようです。


甚大な被害が明らかとなって、終盤1日半の街宣活動を全面自粛。

 市議選の終盤を迎えた3月11日には、東北地方での大地震が発生したことを知り、私は、甚大な被害が予想された大地震報道を受け、その日の街宣活動を中止し、翌日の最終日も、殆どの選挙活動を自粛しましたが、最終日の昼過ぎ頃になると、「他候補が音声無しで街宣車を走らせている。」「…マイク無しの街頭挨拶をしている。」「…街宣車をスーパー駐車場に止めている。」などの情報が次々に寄せられ、その度に不安と焦りが募ったことも正直なところでした。


自粛中の選挙事務所で、支援者のみなさんに折って頂いた折り鶴は、11,593羽になりました。

 議員の立場は無く、被災地域の自民党議員たちと連絡を取りながら、テレビで惨状を見守るしかなかった私の焦りや不安を和らげてくれたのは、選挙最終日をお手伝い頂くために集まっていた多くの支援者の方々で、みなさんは、殆どの選挙活動が止まった選挙事務所で、ひたすら折り鶴を折り続けて頂き、その日の夜には、折り鶴の数は、10000羽を超えていました。

 私の出直し市会議員選挙は、後援会のみなさんや同級生、議員生活12年間で知り合った多くの方々、私の中学生時代からのボランティア仲間やその活動を見守ってくれた方々をはじめ、多くのみなさんの善意と友情に支えられたもので、私は今回の選挙で、政治的にも個人としても、数々の貴重な経験と教訓を頂きました。


当選万歳を自粛した選挙事務所では、東日本大地震被災地への黙とうが捧げられました。

 選挙終盤の約1日半の活動を自粛し迎えた翌日の投開票日に、私は7,056票の付託を頂き、再び市会議員として当選をさせて頂きました。
 今までに経験したことのなかった極めて不安で苦しい状況の中、私を支えて頂いた全てのみなさんに心から感謝を申し上げます。

 その後の私の1週間は、東日本大震災や福島原発の情報を収集しながら名古屋市の支援策を検証、検討し、来週から始まる3月議会の準備を進めるとともに、従来通りに地域のみなさんからの市政への意見・要望を聞く日々を過ごしています。
 ありがとうございます。