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3月議会の回想…「幸せな論理」

2011年05月03日

2011.05.03
 「幸せな論理」…3月議会の議員報酬議論で、減税日本議員から、今までの議員に対しての指摘の言葉で、今議会での議論では、度々、総理環境委員の間で、この言葉が使われていました。
 3月議会の議員報酬議論では、議員報酬を制度値から800万円に改正する減税日本案と自民・民主提案の議員報酬額を特例で800万円にし、その間に無作為抽出市民を含めた第三者機関で報酬額を決める条例案が提案され、総務環境委員会での審議が行われてきました。

 議案質疑の中では、提案者である減税日本議員の答弁が2転3転し、また、2期以上の議員の市民税支払いのために、6月支給の期末手当を約100万円上乗せする付則措置には、「お手盛り」との指摘が相次ぐなど、減税日本提案の条例案に質疑が集中していましたが、そうした中で、減税日本議員から、自民、民主提案の条例案への丁々発止の質疑が行われるかに思われた場面があり、その際に減税日本議員から発言されたのが「幸せな論理」でした。

 減税日本議員からは、「民間ではプロセスよりも結果が重要で、議員報酬800万円は4度の選挙(出直し市長選挙、愛知県知事選挙、市議会リコール住民投票、出直し市議選挙)で民意の結果が出たもの、現在に至るまでに市議会が、議員の仕事を市民に理解してもらえる説明責任を果してこなかった。」との指摘で、この指摘に対する質疑では、議会が市民に活動内容をどう情報発信するのかが争点となりましたが、私も「なるほど」と自らを振り返ったやり取りもあり、ようやく、議論らしい議論が出来るかと期待して、そのやり取りを聞いていました。

 そうしたの議論の中で減税日本議員から、「結果を出さず努力しているだけでは、"幸せな論理"だ。」と指摘が出されましたが、これに対して、他の委員から、「市民感覚に近い減税日本ならではの指摘だと思う。」「新たに議員となって、市民に説明する手法はどうしたら良いと思うか?」との問いに対しては、指摘を繰り返していた減税議員からは、「まだ、手探りの状態。」「これから考えていきたい。」「申し訳ないが、具体的にと言われるとお答えできない。」と…先程までの雄弁さからは、かけ離れているとも思える答弁が返されました。

 私からは、「民間感覚で言えば、自分で自らの給料を決める人は殆どいないと思う。報酬額の算定に客観性を持たせるべきで、我々は第三者機関を提案している。」「減税日本提案の条例案は誰か第三者に相談したのか?」と尋ねると、報酬額の客観性については、「それついてはあまり考えていなかった。申し訳ありません。」、第三者への相談の有無には、「アドバイスを受けたと聞いているが、詳しくは解らない。」と当事者意識を感じない答弁が返され…


H23.423 中日新聞朝刊

 持論展開には雄弁でも質問に対しては曖昧な答弁を繰り返す減税日本議員に私は、「減税日本の説明は、いつもそう。"聞いています。"、"らしいです。"と熟慮しての条例提案とは思えない。」、「制度値改正をする条例案を議員が提案することをどう思うか?」と聞くと、「確かに説明責任を果たしていない。もっと勉強します。」「第三者の目が持てるかの課題があるが、かなり危険だと思う。」と議論どころか、こちらの指摘をあっさりと認められてしまい…『では、制度値改正の議員条例をどうして提案したのか…』と耳を疑いたくなるような減税日本議員の答弁には、説明しようとする熱意を感じず、「幸せな論理は、そのままお返しする。」「次回は、今日ほど雄弁な説明を頂きたい。」とその日の質疑を終えました。


H23.4.26 中日新聞朝刊

 その日以降も、減税日本との議員報酬議論は、2転3転の空転状態が続きましたが、最終的には、減税日本側から「第一会派としての責任を果たすべく、他会派の方との意見調整を図りながら、民意が反映できるよう努力したい。」として、議案取り下げの意向が表明され、その意向を受けて自民・民主提案の条例案も取り下げ、期間を定めない特例によって議員報酬を年間800万円とする条例案が全会一致で可決されました。

 減税日本の議員から、「幸せな論理」が語られた日以降、その言葉は総務環境委員の間で、説明責任を果たさない答弁や説明に対しての皮肉で使われるようになり、「幸せな論理と言われぬよう…」という戒めの言葉にもなっています。

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