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減税日本のりたけ団長辞任

2011年06月03日

2011.06.03
 減税日本団長のりたけ勅仁議員が平成15年の初当選から平成22年3月まで、受領を拒否し、名古屋法務局に供託していた費用弁償(総額536万円)を全額引き出した上、私的流用したことが明るみとなり、市議会には激震が走っています。

 費用弁償は、市議会の本会議及び委員会に出席した場合に、その交通費や審議準備費用として支払われていたもので、のりたけ議員は、費用弁償の廃止を選挙公約に掲げ、平成15年4月の市会議員選挙で初当選後、費用弁償の受領を拒否しましたが、公職選挙法での寄付行為に抵触する恐れを指摘され、議員在職中に支給された費用弁償を供託することとし、その後、約7年間に渡り受領拒否とその全額の供託を実行していたようです。
 しかし、約7年間に渡り供託を続けてきた費用弁償を昨年末のりたけ議員自らが、全額を引き出していたことが明るみとなり、「引き出したが使っていない」としていた本人の説明も、その翌日には一転、内約360万円を借金返済や生活費、選挙資金として使っていたと謝罪したため、選挙公約への疑念が持たれるなど、議員辞職を求める声も出始めています。

 私は、今回ののりたけ議員の費用弁償の取り扱いについて、受領拒否と供託を行っていたことを信じて疑うことすらなかったので、事実を聞いた時は言葉を失い、只々、残念としか言い様がないという心境です。

今までの経緯

  • 平成15年4月 河村たかし(当時民主党衆議院議員)秘書として民主党公認で市会議員に初当選、その後、選挙公約とした費用弁償の受領を拒否。民主党市議団を除名された後、1人会派「民主党クラブ」として活動。
  • 平成15年5月 費用弁償の供託を開始。
  • 平成19年4月 民主党公認で2期目の当選。選挙では費用弁償廃止の公約を続ける。当選後も1人会派民主党クラブとして活動。
  • 平成21年4月 河村市長当選。
  • 平成22年3月 費用弁償支給を取り止める条例改正案が可決、費用弁償支給は事実上廃止となる。
  • 平成22年8月 河村市長の主導する市議会解散署名運動が始まり、のりたけ議員も署名運動に参加。
  • 平成22年11月 供託を続けた費用弁償、総額536万円の返還を請求、その後受領。
  • 平成22年12月 民主党クラブから減税日本に会派変更。(いずれも1人会派)
  • 平成22年12月 市議会解散請求が成立。
  • 平成23年2月 市議会解散の是非を問う住民投票で市議会解散。
  • 平成23年3月 出直し市議選で減税日本公認で3期目当選。市選挙管理委員会発行の選挙公報に「8年間、費用弁償受取りを拒否。」と掲載
  • 平成23年3月 市議会第一会派 減税日本ナゴヤ市議団長に就任。
  • 平成23年3月 議員報酬半減案の議案を巡り会派内が混乱、減税日本ナゴヤ幹事長が辞意を表明。(辞表は、河村市長預りとなる。)
  • 平成23年4月 3月議会の議員報酬審議で「やったみなければわからない」発言などの混乱が続き、会派内からは、のりたけ団長解任要求が出さるなどの報道もあったが、本人は辞任を固辞。
  • 平成23年4月 減税日本ナゴヤが報酬半減化の条例改正案を取り下げ、それに伴い、全会一致による報酬半減の特例条例案が可決。
  • 平成23年5月 河村市長が鼻の手術のため入院、入院先で減税日本ナゴヤの全議員と個人面談
  • 平成23年5月 河村市長自らが、当面の間、減税日本ナゴヤの議員総会に出席し指導にあたることを表明。
  • 平成23年5月 河村市長が、減税日本ナゴヤ執行部に新たな副団長(仲良し係)を任命
  • 平成23年6月 のりたけ団長が供託を続けていた費用弁償を全額引き出していたことを認めるが「1円も使っていない」と流用を否定。その翌日の記者会見で、約360万円を私的に流用したことを認め、同日、団長辞任を表明(副団長が団長代行)、更にその翌日、減税日本ナゴヤ役員に会派離団の意向を伝える。

 今後、のりたけ議員の進退と減税日本の対応には、相当な注目が集まることとなりますが、河村たかしの秘書として、また、系列市議として、常に行動を共にしてきたのりたけ議員の師でもある減税日本代表の河村市長が、今回の件をどのように対処するのかにも注目が集まると思われます。