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RSY第20陣ボラバス…流された生活

2011年06月17日

被災地支援のために各地から七ヶ浜町に集まり、今日のマッチング発表を待つボランティアのみなさん。

2011.06.17
 昨日1日の長い移動から一夜明け、今日の朝、ボランティアセンターで行われたマッチングでは、七ヶ浜被災地支援のために日本国内を始め、海外からも集まったボランティア約80名に、行政や被災者個人からの依頼に応じた活動が割り振られ、私たち、レスキューストックヤード第20陣からボランティアセンターに派遣された5名は、被災地域内の側溝に滞留したドロの除去作業を行うことになりました。

 活動場所では、それぞれのボランティアチームが数メートルごとの区画を担当し、作業を行いましたが、災害発生から約3ヶ月の間に滞留し固まったドロの除去作業は、想像を絶して手強い作業で、なかなか剣スコップが刺さらず、刺さった個所でも、石や瓦、レンガ、食器類などの日用品が幾度もスコップに当たり、作業を阻まれ、その度に手作業と道具使用を交互に繰り返えす気の長い作業が続きました。

 瓦、時計、Tシャツ、下着、ネクタイ、靴、調理用品、湯飲み、おわん、車のナンバープレート、懐中電灯、ラジオetc……ドロの中からは様々な日用品が掘り出され、作業の休憩中に私が「側溝の中から生活が出てきたな。」と呟くと、一緒に除去作業を行っていた岩本議員は、「津波にその生活を流されたんですね。」と感想を漏らし、しばらく二人は言葉を失いました。


大小の剣・角スコップやつるはし、掃除道具などの道具を運ぶ。

側溝内のドロは、約3ヶ月の歳月で硬く固まり、その中からは様々な被災品が出てきます。


約30分の作業の間に掘り出された被災品。そこには被災者の生活が埋まっていました。

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 そうした作業を進める中では、作業場を通り過ぎる自動車の車内からはお辞儀をしていかれる方やお礼や労いの言葉を掛けて下さる方々がみえて、こうした言葉や反応がボランティアには励みとなり、今日一日で1キロ以上進んだ作業は、予想以上の成果を上げ、掘り上げた側溝に水が流され、再び蓋が戻されていくとボランティアたちからは歓声と拍手が沸き起りました。

 東日本大震災で、津波被害に見舞われた地域での瓦礫郡の量は凄まじいものですが、ここ七ヶ浜町もその被害状況は同様で、現地での瓦礫の撤去作業は順次進められてはいるものの、こうした生活道路の復旧作業は手付かずの所が多く残されているのが現状で、災害ボランティアによる撤去作業の力は、被災地にとっては、大きなマンパワーとなっています。


手強い作業でしたが、ボランティアのみなさんの力で、側溝は再び機能を戻しつつあります。真中でしゃがんで作業しているは、岩本議員。

バールの爪を使い、メッシュの蓋に詰まったドロも落としています。


再び開通した側溝。水が流れた瞬間には、拍手と歓声が沸きました。

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 私の日常では、災害ボランティアに参加したみなさんから、「また、被災地に行ってくる。」「もう一度、被災地に行きたい。」などの言葉をよく耳にしてきましたが、被災地で瓦礫の除去作業を経験したボランティアのみなさんが「また」「もう一度」を言葉にする心境は、その惨状の凄まじさから「少しでも力になりたい。」「もう一度、行かなくては…」という気持ちの表れだということを今日の作業であらためて知らされました。
 1日に数時間の作業、ひとりひとりの活動が毎日積み重なっていくことが、一歩一歩、その町を蘇らせることに繋がっています。

※それぞれの写真はクリックすると拡大します。