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宮城県七ヶ浜町

2011年06月17日

2011.06.17 Part2
 今日一日の活動の後、夕方からの夕食とミーティングまでの合間に、ボランティアセンターで自転車を借りて、海岸線沿いの被災地域を見て廻りました。

 宮城県七ヶ浜町は、仙台市から東へ車で30分のところに位置し、太平洋に突き出した半島にある人口約2万人の町で、町内には古代貝塚が点在し、日本史の貴重な遺跡が出土されている町で、東日本大震災では、死亡行方不明者103人、避難者229人の被災者が発生しています。


 昨日のオリエンテーションで伺った話では、RSYが七ヶ浜町の集中支援を行うこととなった経緯は、RSY代表の栗田暢之氏が5年前に同町で講演を行ったことがきっかけで、震災発生直後には、連日、被災地の惨状が報道されていましたが、七ヶ浜町の被災状況は、他の被災地と比べ、あまりメディアに取り上げられず、七ヶ浜町では支援が得られないことが心配されたため、RSYは、「支援が入らない地域はつくらない」とした考えのもとに同町の集中支援を決めたとのことでした。

 束の間の時間で見て廻った町内の様子は、東日本大震災発生前の七ヶ浜は、漁業と風光明媚な自然環境を活かしたアウトドアスポーツや野外レジャー、遺跡などの歴史などをアピールした観光集客に力を入れたまちづくりをしていたようで、豊か自然の中にあって、落ち着きある町の様子が覗われます。

 こうして、町の様子を見て廻って見て思うことは、被災前のその町の様子や歴史を知ることも、被災地支援には必要と感じ、あらためて、ボランティアセンターから見える夥しく山積みされている瓦礫の山を見るとそこに住む人々の被災状況の凄まじさが伝わってきます。


浜辺に打ち上げられた複数のコンテナ、大津波の凄まじさを物語ります。

海岸線の松原を撮影、手前の平地は住宅街だったようで、住宅の基礎跡や片付けられた瓦礫の残りが点在しています。


津波を防ぐために設けられたと思われる松原も大津波によって無残に押し倒されていました。


海岸線沿いの道路は、センターラインから半分が崩落、橋も押し流されています。

崩落した道路部分にあったと思われる下水マンホールと松の流木。


ボランティアセンターや仮設住宅から見える夥しい瓦礫の山。

※それぞれの写真はクリックすると拡大します。